学生のころはDACとD級アンプは同じものだと思っていたりしたほどに初心だった
その後、D/Aコンバート用のアンプとA/Aの増幅処理など担当するアンプが個別に存在することを知り、いよいよ世界が開けてきた感じがしていた高校時代
しかし、どこがどういった影響を音質に及ぼすのか?他のメーカーでは見たこともないこの回路はいったいなんのためにあるんだ?音質に甚大な影響をもたらすとされる仕組みを採用しているが、じゃあ他のメーカーが誰も真似しないのはなぜなんだ?
そういった個性ひしめくオーディオの世界には、やっぱり理解するのに苦労の連続だった
とりわけDACは難解だ
いまやデジタル・オーディオが当たり前の現代においてもはや心臓とも言えるDAC、こいつは大層な役割を担っているような雰囲気を醸しているが、その実音質の変化などは岩塩と潮干潟の塩との違いを競い合っているようなものだったりする
まだオペアンプなどに拘っていたほうが良いようにも思えるが、もちろんそれだけでDACアンプは仕上がらない
DACアンプ内部でもDACチップが担うD/A変換処理と、その後のI-V変換回路といった包括的な要素で音質は大きく左右するので、結局はメーカーの志向や作り込み次第ということになる
ただ、DACチップのみでさえ完全な無個性というわけではなく、チップ固有の特性を発揮する個体は存在する
それでもDACチップで音はほとんど変わらないと言われるのは、もはや技術的には成熟期にあり、各チップで性能差という個性が生まれにくい現状の課題だと思う
そのため、DACのアンプメーカーはあまりに純粋な水からあえて逃れる魚ように、現代にあっては旧来の多ビット変調や、ラダー抵抗変調といったキワモノを選んでくることもある
そもそも、DACチップではここ30年ほどはΔΣ変調という方式が主流で、登場当時こそあまりの”デジタル臭”に鼻をつままれたものだが、年月によって改良が重ねられ、もはや技術レベルはある種の到達点に至っている
しかしそれは同時に個性の死をも意味していた
澄み切った水は比べてみてももはや違いはないので、技術より体験を優先するユーザーからすれば退屈にさえ感じたわけだ
そこでアンプメーカー各社は時間を巻き戻しようと考え、墓石から掘り起こされてきたのが先の変調方式各々だ
多ビット変調方式は理論上はほぼ変換損失のない波形再現が可能だが、非常に精度の高い抵抗回路が必要なため、製造の歩留まりが極めて悪く、チップメーカーは90年代には早々に見切りをつけている
また変調時の波形応答性を維持するためにも高い技術力を要し、そのため高音域が損失しやすい傾向にあるためアンプメーカーが側でも回路設計のコストが嵩む
伝説であり20世紀最後の多ビットチップ、バーブラウンPCM1704はシングルチャンネル(つまりステレオにするためにはチップが2つ必要)で16bitという破滅的な高コストチップだったが、ハイエンドアンプではしばしば採用され、未だにチップ単体でも根強い人気がある(しかしこのチップのせいでバーブラウン社は倒産した)
また、ラダー変調方式も過去の遺物だったはずだったが、この度墓石から現世に舞い戻ってきた
この方式はもはやICでさえなく、概ね60個前後(24bitの場合)の抵抗を使ってラダーリレーという変調回路を設けて、極めてアナログライクなD/A変換を行う(考えてみてほしい、数十個の抵抗すべての性能が一律でないといけないのだ)
実は80年代ごろにはすでにICにお株を奪われて廃れかけていたはずだったが、真空管よろしく懐古主義の名のもとに復活した経緯がある
また、多ビットと同じく、いやそれ以上に高コストなため、ハイエンドなアンプでしかあまりお目にかかれ無いのが難点だ
このように、進歩しているのか退行しているのかさえいまいちよくわからない、それがDACという音の枢軸なのだ
そも、DACチップはさらに細分化すると、デジタル段とアナログ段に分かれる
デジタル段では主に信号のノイズ処理と変調を行うため責任重大だ
ただ、意外と見逃されがちだがアナログ段においても極めて重要な処理が行われており、ΔΣ変調方式を採用したチップであれば、アナログ段ではまず1bitパルス波の多ビット化と、その後の電流線形処理を担っている
以外にも、ΔΣ変調というのは最終的には結局は多ビットのパルス波に変換されており、これは後述の電流線形処理や音情報をより高精度にするために行われている
そして多ビット化されたパルス波は更に電流波形へと処理されるのだが、DACチップにおける隠された真髄というものがこの電流線形処理にはある
実はこの処理があまり注目されないのには理由があり、まず専門性が極めて高い領域であること(CPUのレジスタ構造を一般に説明するようなものだ)、なによりチップメーカーの竜骨とも言える技術情報が多く含まれているため、そもそも内部の仕組みは出回らないようになっているためだ
しかし、ΔΣ変調のチップにおいてはこの電流線形処理が確実に音質への影響を及ぼしているのは間違いない
ちなみにR-2Rラダー方式はどうかというと、そもそも物理抵抗による差動回路なので、変換された時点ですでに電流波形となっており、ΔΣ変調のような煩わしいアナログ段の処理は不要なわけだ
この点がマニアからいまだ多くの評価を得ている理由でもある
ほぼ変換を挟まないため信号の損失が無く、良くも悪くも音信号もノイズも新鮮なまま(新鮮と言っても元はデジタル信号だが)出力できるメリットがある
ただし、回路に物理抵抗を多数利用するディスクリート回路なので、当然抵抗の非線形特性など信号のゆらぎがもろに出力に影響してしまうので、各抵抗の精度許容差は16bitで0.001%以下程度を要求される(ちなみに市販されている高性能タンタル抵抗の精度誤差は1%)
また、可聴域の外側に常在するノイズ成分もそのままパススルーするので、後段でのローパスフィルタ処理も重要になってくる
なので、現代のR-2R回路はそもそも前段にサンプリングフィルターを設けて、ΔΣ変調と同様にオーバーサンプリングによるノイズシェーピングと波形補完を行うのが一般的となっている
ただし原理的にR-2R特有の荒削りな出力はなくなってしまうことから、アンプメーカーではあえてサンプリング処理を無効にできるようにしてあることが多い
このように、DACはチップの内部処理一つ見てみても奥深い世界が広がっている
DACチップから出力されたあとにはI-V変換処理が待っている
基本的にオーディオのアナログ信号は電圧で制御されるため、電流のままではアンプから出力できないので、オペアンプを主とした電流-電圧変換を行う
当然ながらこの処理での音質への影響は比較的大きい
オペアンプも実質はクロスハッチ回路を並列した抵抗回路のようなものなので、当然非線形特性が生じやすい
そのためオペアンプのチップメーカーによっても固有の特性による音質の変化が生まれるので、オペアンプに拘るマニアも多い
基本はリニアであるべきだが、歪みをもったオペアンプはあえて味として受け入れられることもあり、奥の深い世界となっている
そうしてオペアンプを経て、I-V変換とついでにラインレベルまで信号が増幅され、ようやくDACアンプから出力されるのだ